NICE UNBALANCE

 

 

 

「バランス?」
低い声が床に落ちて跳ね返る。飛影は突っ立ったまま寝台に腰掛けた躯を見た。
薄暗い部屋の主は目を細め、口許を綻ばせる。
「そう―――均衡…だ」
今度は何の謎かけだ、と言おうとして黙った。機嫌が良い時は喋らせておいた方が得策だろう。
「77。…以前言ったな?」
指を組み合わせながら躯が続ける。
「オレの好きな数だ、側近の数もそうだった」
選りすぐられた精鋭のその数を、意味もなく好きな数だと嘗て答えた女。
本当はそこにどんな意味がこめられているものか、今はその数の頂きから逃れ出た飛影には知る由もない。
「…が、お前が現れた」
解いた指で飛影を指し、躯はじっとその目を見詰めた。飛影は訝しげに視線を投げ返す。
「…お前は」
何を言おうとしているのかが読めない。
「今までのオレを保っていた77の均衡を壊したのさ」
僅かの間、沈黙が王の寝所に満ちた。やがて飛影は眉をひそめたままそれを破った。
「…それで?」
靴音も高く、一歩を踏み出す。躯は動じた様子も無い。
「その償いとしてオレに何をしろと?」
「勘違いするな」
躯はゆったりと座り直した。
「オレがはるか昔にこの半身を代償に手に入れたもの―――自由」
焼け爛れ引き攣った右の半身を示し、躯は笑みを深くする。その傷跡は今、自ら選び勝ち取ったという証であり誇りでもあるのだ。
「それを今のお前も手にしている」
そうだろう、と笑いかける躯に飛影は黙り込む。
トーナメントを制した煙鬼は各集団、あるいは個人へパトロールの実施を呼びかけた。だがそれへの参加の仕方は個人へ委ねられている。
確かに今、飛影が躯とその下に集う者たちと行動を共にするのは自由な意志によるものなのだ。
「―――それに」
躯はふと遠くを見る目をした。
最初に魔界で人間界からやって来た異端の力のぶつかり合いを探知した時。それからこの男に使いを遣り、呼びかけに応じてやってきたのを見た時。
77番目の戦士と相打ちに倒れた姿。そうして触れた、心地良い意識。
「お前との邂逅でオレには得たものがある」
たったひとつの石が、二人を結んだ。探していたものを見つけたのは同時だったのだと。
「オレもまだ強くなれる…ということ」
躯の胸に光るのは、飛影の石。俯いて大切そうにそれに触れて微笑む姿を、飛影は黙って見詰めた。
穏やかなそれは嫌いではない。飛影の胸には妹の石が揺れていた。
「それで十分さ」
躯は手を上げて、飛影を招いた。
歩み寄った飛影はその作り物の右手を取って口づけを落とす。躯は目を細めた。
感謝したいほどだ―――この素晴らしい不均衡に。

 

 

 

 

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