雪見酒



 用事を済ませて、金田一耕助が本庁の第五取調室を出る頃にはすっかり日が暮れ
ていた。
 思わず二重廻しの前を掻き合わせた耕助の後ろから、等々力警部の足音が追いか
けてきた。
 急いで来たらしく、マフラーを腕に引っ掛けている。
「やあ、間に合いましたな」
「お見送りとは有り難いですが、警部さん、仕事は?」
「真面目な公務員ってのは、定時で帰るもんですよ」
 鷹揚な笑い声を上げる等々力警部につられて耕助も笑い、何となく肩を並べて本
庁を出た。
 外に出ると、指先が痺れるほどに寒い。等々力警部はごしごしと指先を擦り合わ
せて、大きな白い息を吐いた。
「寒いですなぁ」
「はあ」
 耕助は、いつもの古びた二重廻しを着てにこにこと笑っている。
 そう云えば、彼は東北出身だったか、と思い出す。
「お国はもっと寒いですか」
「寒かったと思いますねぇ」
 暫く帰っていないらしい返答に、等々力警部は如何にも彼らしいと苦笑した。
 そのまま他愛のない話をしながら、大通りへの道を急ぐ。もう少しゆっくり歩い
て、会話を楽しみたいと思っても、刺すような冷気がそれをさせないのだ。
 アスファルトに響く足音さえ、凍てついて固い。
 かろかろと下駄の歯を鳴らして歩く耕助の二重廻しが、視界の隅で影のように揺
れている。
 一体に、着物というのは洋服に比べて開口部が大きく、夏向きの構造をしている
ものだ。下に着込んでいるだろうものの、ビルの隙間を抜ける寒風に袂だの袴の裾だ
のがはためくのは如何にも寒そうで、等々力警部は眉を寄せた。

 それでなくとも、と、等々力警部はポケットの中でラムの革手袋を持て余しなが
ら思う。小柄で痩身の彼は、あまり体温を感じさせないのに。
「ああ」
 ふと、耕助が足を止めて顔を上げた。
 街灯が落とす光の円錐の中に、舞い落ちてきたものがある。
「雪かぁ」
 心なしか嬉しそうに云った耕助は、組み合わせた手に白い息を吹きかけた。
「云わないことじゃありませんな」
 等々力警部は、寒さに血の気を無くした耕助の片手を掴んで、強引にコートのポ
ケットへ突っ込んだ。
 指を絡めて、少し力を入れると、驚いた顔に含羞みを含んだ笑みが重なる。
「そっちの手もお貸しなさい」
 素直に差し出された手へ手袋の片方を被せ、等々力警部は満足げに微笑んだ。
「さて、少し遠回りになりますがね、近くに良い店があるんですよ。雪見酒に付き
合いませんか」
 柔らかいラムの感触を確かめるように手を開閉させていた耕助は、等々力警部の
お為ごかしに、いいですねぇと擽ったそうに答えた。


麻屋衛さんありがとうございましたvv

 

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